26 1月

紀伊民報 2003年2月4日 「ひ孫や孫が集う」

紀伊民報 2003年2月4日

紀伊民報 2003年2月4日

3月東京で、ひ孫や孫が集う
  津波と闘った先祖への思い込め  「稲むらの火」  本紙報道きっかけ

 元南部小学校教諭、中井常蔵(1907~1994)が執筆し、戦前の国定教科書の教材とされた『稲むらの火』にまつわる子孫ら5人が、3月15日、東京で初めて顔を合わせる。同教材の復活の動きを取り上げた本紙の元旦特集記事がきっかけで、津波との闘いに命を燃やした先祖への思いなどを語り合う予定だ。

 同教材に直接関係する3人の子孫は、『稲むらの火』の主人公、浜口梧陵の玄孫(やしゃご)・浜口道雄さん(59、ヤマサ醤油社長)=千葉県銚子市=▽原作者、ラフカディオ・ハーン(日本名・小泉八雲)のひ孫・小泉凡さん(41、島根県立短期女子大学助教授)=松江市=▽教材の作者・中井常蔵の孫・中井智一さん(33、紀伊民報記者)=南部町=。

 これに発起人として、『稲むらの火』を教科書に再掲載させる運動でホームページを開設した私立灘高校理事長の嘉納毅人さん(59)=神戸市=と日本気象協会顧問・津村建四朗さん(69)=千葉市=の2人が加わる。

 浜口さんは「連絡をもらった時、梧陵が引き合わせてくれた気がする」と言い、小泉さんは「教材復活へ何か動き出したような感じがする」と話している。

 『稲むらの火』は、安政の大地震の際、広村(現広川町)の浜口梧陵(教科書では五兵衛)が、自分の稲に火をつけ、津波から村人を救った実話をもとに、小泉八雲が執筆した原作を、中井が昭和9年に教材用に書きかえた作品。昭和12年から10年間、国定国語教科書に採用され、約1000万の児童に読まれた。

 中井常蔵と交流があった、津村さんと嘉納さんは、防災教育に最適な教材として『稲むらの火』の資料保存とともに、教科書への再掲載実現をめざし、元東京大学総長、元文部大臣で参院議員の有馬朗人さんなど著名人22人の賛同者の支援を受け、昨年6月にホームページを開設した。

 安政地震から今年で149年目。近い将来、必ずやってくると言われる南海地震を前にして、梧陵の業績には改めて学ぶものが多いとの考えからだという。

 ホームページ「稲むらの火」は現在、内閣府や和歌山県、東京大学地震研究所など多数の防災に関するホームページのリンク集にも名を連ねている。

 浜口道雄さんの話 梧陵の遺徳は代々伝え聞いている。昨年11月、梧陵が地元広川町に創設した県立耐久高校(旧・耐久舎*)の創立150周年記念式典に呼ばれた。150年たった今でも銅像が新たに造られるほど、梧陵の偉業が語り継がれていることに、感慨深いものがあった。ホームページが開設され、日の目を浴びようとしている先祖を誇りに思う。

 小泉凡さんの話 12年前に訪れたアメリカ・コロラド州で、地元の小学校が『稲むらの火』の英訳(ザ・バーニング・オブ・ザ・ライス・フィールズ)を副読本の教材にしていた。海外でも教材にされていたことで改めて、防災に対する素晴らしいメッセージが込められた作品だと思った。『稲むらの火』が再び脚光を浴びることはうれしい

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*正しくは、耐久社。和歌山県の史跡指定の際に、間違って「耐久舎」との名称が使われることになっているが、耐久高校の過去の名称としては使われていない。