09 3月

「311日本大地震的啟示:災不可測,務防範於未然」

東日本大震災からも早や5年の時が流れようとしています。また、少し前には、台湾でも大きな地震があり、建物の倒壊によって多数の犠牲者が出たことも記憶に新しいかと思いますが、台湾がいち早く東日本大震災の被災地支援を申し出たことも忘れてはならないと思います。先日、2012年になりますが、台湾の月刊誌に「稲むらの火」(「稻堆之火」)にも言及した東日本大震災に関する論文を掲載された陳卉瑄氏(小姐)から連絡を頂き、その掲載記事のPDFをお送り頂きましたので、ここに紹介させて頂きます。尚、「稻堆之火」は最後のページに、また本文中には以下のような「稲むらの火」に関する説明が加えられています。

七十年以前, 日本的國小教科書裡就編列了一個叫做〈活神仙〉的真實人物故事, 描述1854年12月24日, 南海發生規模8.4地震時, 一位叫做濱口儀兵衛的村長, 由大規模海退露出黑色海底砂的異常現象, 警覺到海嘯將席捲而來。他燃起在山丘上自家門前的稻堆, 及時警告山下居民逃生。這個教材在1944及1946年, 規模八地震時發揮了減災救人的作用。

陳卉瑄著 「311日本大地震的啟示:災不可測,務防範於未然」
科學月刊,2012, 第43卷, 第1期, 505號, 54-58頁 (Science Monthly, 2012.1)

 編者は、台湾語の専門家ではないが、大意としては以下の通り。
70年前、日本には「生神」<"A Living God">とも呼ばれる実在する人物の故事が小学校の教科書に掲載されていた。1854年12月24日(旧暦では、安政元年11月5日)に発生したM8.4の南海地震によって発生した津波の時に、村長(むらおさ)であった濱口儀兵衛(梧陵)が、大規模な引き波によって海底が露出するような異常な現象から、津波が近づいていることを察知した。小高い丘にある自宅の前に積み上げていた稲むらに火を放ち、住民を高台に誘導して津波から命を救った。このような教材があったことから、1944年(昭和19年)、1946年(昭和21年)の津波の際には、人的被害を最小限にとどめられた。
 -編集後記−

「稻堆之火」は、以前からその存在は分かっていたのですが、その訳者が確認できずにいました。今回、ネット検索で陳卉瑄(Ms. Kate Huihsuan Chen)氏のホームページを見つけ、同氏がその訳者であることが確認できました。同氏に関する詳細に関しては、以下のHPをご参照頂ければと思います。

http://katepili.wix.com/kate-chen

尚、上記の論文にあるように、濱口梧陵が活躍した安政津波は、新暦では1854年12月24日に発生した津波として世界に知られていることをご理解頂ければと思います。また、ご参考ですが、上記論文で言及されている1944年の地震、津波は戦時中に発生した為、「隠された大震災」(故山下文男氏によって著されていますが)とも呼ばれたりするものです。戦時中であった為に、対戦国への情報漏洩を避ける為に報道管制がしかれ住民には全く津波の到来などは伝えられず、大きな被害が出たようです。(犠牲者の数も重複している可能性もあるようです。)