30 11月

東京朝日新聞 昭和10年6月20日    「地震国の忘れ物」

 昭和9年、文部省が全国小学校教員を対象に新しい国語と修身の教材を公募するとの発表をきっかけに、教育に熱情を傾注する年代にあった中井常蔵先生が、かねてから子供に愛される教科書、親しまれる教材を念願していたので、この好機逸すべからずと、応募した。
 昭和10年6月19日には、「稲むらの火」が国定教科書に採用された事を松田文相は、知っていたと思われる。
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