07 12月

紀伊民報 昭和59年9月3日 「稲むらの火 復刊」

紀伊民報 昭和59年9月3日 「稲むらの火 復刊」

紀伊民報 昭和59年9月3日 「稲むらの火 復刊」

戦前の教科書 「稲むらの火」復刻
津波の教訓自費で
作者の元教諭 南部の中井さん

「防災の日」の一日、各地で防災訓練が行われたが、戦前の小学国定教科書に津波の教訓で知られる「稲むらの火」を書いた日高郡南部町南道十五、元小学校長、酒販業、中井常藏さん(七十六)は、このほどこの物語を自費で五百部を再版し、全国の希望者に無料配布している。

「稲むらの火」は安政元年(一八五四〕の大地震のさい、有田郡広川町の庄屋、浜口儀兵衛(号・梧陵)が海の潮が急激に引くのを見て、丘の上にあった自分の稲束を燃やして村民に急を知らせ、津波から村民を救った話。その後私財を投じ長さ1㌔のいまに残る防潮提を造り防災に尽したほか耐久舎(現高校)を輿し、明治になって初の県議会議長になった。

中井さんは南部小で教員をしていた昭和九年、文部省が全国の教員から公募した国語教材に「稲むらの火」が入選、同十二年から十九年まで小学五年の国語教科書にさし絵入りで掲載された。

既にこの物語は、親日作家で知られるイギリス出身の故、小泉八雲(ラフカディォ・ハーン〕が英訳して世界に紹介していたが、広川町隣接の湯浅町生まれの中井さんは、子供のころから儀兵衛の遺徳を知っていたうえ、和歌山師範学校在学中、英文の教材に八雲のア・リビングゴット(生ける神)の題名で儀兵衡(八雲は五兵衛と記す)のことを習った。

中井さんはこれを原文に小学生向きのわかりやすい教材として応募、自分の作品ののった教科書を子どもに使える幸せを味わった。
全国の希望者に無料で

今回出版したのはA5判五十七頁、教科書と八雲の原文も掲載、大阪の五嶋隆春さんは寄稿文で昨年五月、日本海中部地震の津波で遠足の小学生十三人が死亡したことにふれ、
「戦前のあの教科書を今も子供達が習っていたなら、悲劇を防げたのではないか」と訴えている。

戦前、南部小で「稲むらの火」を習った教え子たちが十六年前、再版して中井さんに贈ったことがあったが、最近この物語が中井さん所属の退職公務員連盟紙や日本教育紙に平川祐弘東大教授が「よき国語教科書の思い出」として紹介したことから、全国の人から本を求める声が高まり、今回中井さんが自費出版したもの。

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