07 12月

読売新聞 昭和58年5月27日夕刊     「海の遺体、懸命の捜索」

日本海中部地震 海の遺体、懸命の捜索
学童7人(男鹿)を収容
余震、きょうも365回

読売新聞 昭和58年5月27日夕刊

 大津波を伴った「日本海中部地震」から一夜明けた二十七日、秋田、青森などの被災地では、行方不明者の捜索活動や復旧作業が早朝から再開された。現地では依然余震が続いており、午前零時から正午までに、秋田県を中心に三百六十五回の余震を記録した。また、行方不明者は、秋田・男鹿半島で学童七人と、同県内での釣り人など四人が遺体で見っかっただけで、捜索活動は難航している。一方、加藤国土庁長官を団長とする政府調査団も同日朝、秋田入りし、被害状況などの本格的な調査を開始した。

【男鹿で本杜記者団】津波のために、遠足の児童らが行方不明になっている男鹿半島では、二十七日、四か所で船二十隻、警察、消防団など約百七十人と多数の地元漁民が加わって、夜明けとともに捜索が再開された。 この結果、合川町立合川南小学校の子供たち十一人が波にのまれて行方不明になっていた男鹿市加茂青砂海岸では、ダイバーが海に入り、午前六時半、四年生の福田綾子ちゃんら児童七人を遺体で収容した。うち四遺体は、沖合三百㍍の岩礁の北百㍍付近の、水深十八㍍の海底にひと塊になって横たわっていた。 加茂青砂海岸では、この後、沖に設置した定置網を引き揚げることになっており、行方不明者がさらに見つかる可能性が高い。 また、男鹿半島の戸賀の男鹿水族館、入道崎、五里合でも、沖合までの広範囲で捜索を続けている。「男鹿半島に釣りに行ったまま帰らない」という情報がいくつかあるため、男鹿署では、釣り場に漁船を出して海中を調べている。

読売新聞 昭和58年5月27日夕刊 日本海中部地震
読売新聞社の承諾を得て転載しています。

-編集後記-
 新聞記事からも分かるように、今年の4月に我々が経験した熊本地震の余震の数も多いと思っていたが、海底を震源にした日本海中部地震でもかなりの余震が続いていたことになる。
 震源に近い秋田県以外にも津波被害を被った青森県。その記録を公開している以下のサイトには、英文の新聞記事も含め参考にできる情報が記されている。青森県防災ホームページ