30 11月

毎日新聞 大阪朝刊 1994年6月26日付 「ハーンが見た関西来神百年」 

稲むらの火(和歌山) 欧米の教科書にも採用

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「TSUNAMI(津波)」という言葉は、日本語の単語が国際語としても使われている珍しい一例であろう。昨年8月には和歌山市で「国際津波シンポジウム」も開かれ、世界中から地震学者が同地に集った。
 和歌山県と津波の因縁には深いものがある。とくに1854年12月24日の安政南海大地震の際の津波は、のちに2つの物語を通して広く世界に知られることとなった。ひとつはハーンの『仏の畑の落穂(Gleanings in Buddah-Fields)』(1898年刊)に収録された「生き神」であり、いまひとつは故中井常蔵氏が同作品をみごとなまでに再話し、戦前の国定教科書の『小学国語読本』5年生用に採用された「稲むらの火」である。
 広村(現有田郡広川町広)の庄屋浜口五兵衛(本名儀兵衛、号は梧陵)が、地震の後、波が異常に沖合に引くのを見て津波をいちはやく察知し、収穫したばかりの稲むらに火を放ち、村人を高台に引き寄せる。その直後に猛烈な津波が押し寄せ、村をえぐりとってしまう。助かった村人は大いなる感謝を五兵衛にささげる。さらにハーンの作品の場合、五兵衛老人は生きながらにして村の小祠(し)にまつられたことを付して結んである。すなわち、祖先の霊を守護神と考え、時には存命中の人間にさえ、素朴な感謝の念から神格を与えることさえある、日本人の緩やかで美しい「カミ」観念を、キリスト教世界に紹介する意図が強く盛り込まれていた。
 昨年の夏、米国コロラドスプリングス市の郊外にある小学校を訪ねた際、4年生用の『スピナーズ(Spinners)』という国語の教科書に「生き神(A Living God)」ではなく「稲むらの火(The Burning of the Rice Fields)という題で、美しい挿絵と共にこの物語が掲載されているのに出くわした。著者はハーンとなっているが、明らかにこれは中井氏の再話の逆翻訳とでもいうべきものだった。実際、昨年の津波学会の資料集にも、“The Fire Of Rice Sheave”(稲むらの火)というタイトルを付して収録されていた。その他、ヨーロッパの何カ国かの教科書にこの物語が採用されたとも聞いている。
 和歌山県についに足を踏み入れることのなかったハーンが、新聞紙上で知ったこの話を再話作品に仕立てたところ、後世、予想外に広く、和歌山の津波と五兵衛という賢明な人物の存在を知らしめる結果を生んだ。もちろんそれは、米国での私の体験を蒸し返すまでもなく、中井氏の郷土の文学と防災のために生涯をかけるという、献身的努力に負うところが大きい。またこのことは、時を超越したメディアとしての「文学」の価値を現代人に再認識させる事例ともいえようか。
 今年1月、中井氏の訃報に接し、原著者の曽孫として葬儀に駆けつけた際、浜口儀兵衛の曽孫と出会い、話に興じたことは、先祖の巡り合わせかと思いつつ、束の間の喜びを悲しみの中に見い出したひと時だった。

(当時 小泉八雲記念館学芸員 小泉 凡)

 編集後記
一昨年(2014年)、コロラド州で小学校の教師をされていたナオミ・ウエストコット(Naomi Westcutt)さんが梧陵さんの記念館を訪問された。八雲会の活動にも積極的に参加されているようで、今後はハーンに関する研究をまとめた著書を出される予定であることもお聞きした。その彼女から、提供を頂いたのが小泉凡氏が上記で紹介されている教科書になります。毎年、生徒に貸し出しをされるような管理になっていて、表紙の内側には使用した生徒の名前が確認できる。1983年から1991年までの記録が残されている。

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尚、記事本文に記載された書署名に関しては、日本語表記だけのものに対しては英文名称を付け加えさせて頂きました。