15 11月

大阪朝日新聞  昭和21年12月24日付 「昭和南海地震津波」続報

先日のNHKのラジオ防災講座の最後にも「防災豆知識」として、地震時の火災に対する情報が伝えられた。その際にも、昭和南海地震での新宮市や関東大震災での火災による犠牲者の数などは伝えられたように思うが、肝心な「何故」そのような惨事になったかを伝えること(関東大震災の場合、地震が起こったのがほぼ正午だったことから調理の為に火を使っている家が多かったこと、また竜巻のような突風が延焼を招いたことなど)はなかったように思う。以下に、新宮市での火災の状況を伝える新聞記事を掲載する。このような被害を被ることになった理由を考えることが、次の南海地震(「南海トラフの巨大地震」と言った方が良いのかも知れないが)への備えとなるのではないだろうか。

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大阪朝日新聞 昭和21年12月24日付 林耕二氏所蔵

 18時間燃え続く 新宮市の死者三百人
筆者も記事を読んで驚いたことだが、新宮市での昭和南海地震による火災が18時間も続いていたのである。記事にある通り、火災は地震があった(午前4時過ぎ)10分後に、繁華街の料理店付近から出火したもので、激震によって送水施設が故障し、全市の水道が一斉に止まり消火の術がなくなったことが火災の被害を大きくしたのである。また、風向きによって延焼の地域が広まってしまったようだ。午後10時頃にようやく鎮火したのは、出火から18時間が経った後だった。結局、その焼失戸数は2,390戸のぼる。地震による全、半壊戸数の1,600戸を合わせて、3,139戸と報道されている。

1906年の大震災を教訓にした、サンフランシスコ市は外部動力に頼らない重力的の貯水槽を利用し、その水圧によって市街中の消火栓に水を送るようなシステムを作りあげている。海水と淡水が利用できるようになっている為、片方が機能しなかった時にも備えている。AWSS(Auxiliary Water Supply System)というシステム。 原発でも外部電源を用意してと考えるようなことで果たして大丈夫なのかと考えてしまうのは筆者だけだろうか。

潮岬の灯台が復旧したことなども伝えられているが、海洋を航行する為には灯台への被害も想定しないといけないのではと思う。
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大阪朝日新聞 昭和21年12月24日付 林耕二氏所蔵

 土佐中村 瞬時に八割全壊
当時の通信事情もあるが、高知の被害を伝える第一報が入ったのは22日の夜とされる。ということは、地震発生から40時間ほど経過してということになるのだろうか。現在であれば、電話(衛星電話もある)などから何らかの情報は直ぐにでも被災地から得られるのかも知れないが。

記事では、播多郡中村町(現中村市)の被害は、全町戸数2,205戸が全滅に近く、火災も発生したことが伝えられている。