31 5月

ようこそ!カンボジアセンターへ「9.最後にちょっといい話」

タイの盤谷日本人商工会議所・所報(2007年8月号)にカンボジア日本人材開発センター(CJCC)のチーフアドバイザー中村三樹男さん(現在は、カイロの大エジプト博物館保存修復センター)が書かれた「ようこそ!カンボジア日本センターへ」の最後に「9.最後にちよっといい話」がありますので転載します。

「9.最後にちよっといい話」

タイやインドネシアなどに甚大な被害を及ぼしたスマトラ沖の大地震とインド洋津波については未だ記憶に新しいところですが、その地震のあった直後にCJCCの若い現地職員に、1854年(安政元年)に和歌山県(紀伊)広村で実際に起きた地震に大津波の襲来を察知して、庄屋の濱口五兵衛が山上の自分の田んぼに干してある稲むらに火をつけて村人を山上に誘導し村人の命を救ったと言う美談を話しました。 この話はラフカデイオ・ハ-ン(小泉八雲)が1897年にロンドンとボストンから出版した「仏の畠の落穂Gleanings in Buddha一Fields」の「生ける神様A Living God」として紹介したもので、後に同郷の教員であった中井常蔵が小学校国語読本用に書き改め、戦前の教科書に載っていたものです。
カンボジアには地震が殆ど無いと聞いていましたのでここの若い人は津波の事など知るまいと思い、日本にはこんな話があるよといって聞かせたところ、その話なら私は中学校の時に習いましたとその教科書を持参してくれたのにはびっくりしました。

中村さんが『稲むらの火』を話した現地職員のソクンテイァさんと教科書

中村さんが『稲むらの火』を話した現地職員のソクンテイァさんと教科書

教科書の「タドのおじいさんの話」の内容

教科書の「タドのおじいさんの話」の内容

その職員は「最初にそれを聞いた時にはなんてもったいないことをするのだろう、せっかく穫り入れた稲に火をつけるなんてと思いました。だけど、自分の犠牲において多くの人の命を救った、と言う話を聞いて心が温かくなりました。」と話してくれました。
この「稲むらの火」はユニセフによりカンボジアに紹介され、現在中学校の教科書に「タドのおじいさん」として採用されているものですが、「稲むらの火」の主人公、濱口五兵衡(梧陵)のように自らの危険を顧みず人々を災害から守り、私財を投じて堤防建設や地域の発展に尽くした高い道徳性と精神性を持った人の話は、国を超え、民族を超え、時間を越えて人々の共感を得るもので、この逸話を教材として将来この国を背負って立つこの年代の若者に伝えているカンボジアに力強さを感じ、この国の再興に希望を持つことが出来たのです。
仏教の教えに、己を忘れて他に尽くす、「忘己利他」と言うのがありますが、この精神は我々の先人が成し遂げた明治維新後の大躍進や、戦後の廃墟から立ち上がり世界第2の経済大国を築き上げた力の源であり、日本人の美徳であった。 企業の行動も「信義、誠実、正直」を原則とし相手の利便を第一に考える伝統的な勤労観が日本の生産現場を支えてきた。マハテイール前首相も日本人がこの精神で骨惜しみしないで働く(はた一傍-らく、他人を楽にさせる)姿を見て、日本を手本とし「Look East Policy」 を打ち出したのでしょうが、昨今の自己中心主義を生み若者の道徳心を奪ってしまった日本を見て「もはや日本に学ぶものはない」と言ってここ暫くは日本から遠のいていたようでした。 しかし最近、そのマハテイール氏が経団連の主催する「日本の次世代リーダ一養成塾」の特別講師として日本全国から集まった優秀な高校生に日本のあるべき姿を伝え ていると聞いてほっとしているところです。
カンボジアは日本以上に仏教の教えが日常の生活に密着しています。市場経済化を担う人材育成がCJCCの主な任務であるが、特にカンボジアの若い人達が目先の利益のみを 追求することなく「稲むらの火‥・タドのおじいさん」の話を心に刻み、尊敬される国の建設に邁進していって欲しいと願っています。

 

筆者・中村三樹男氏及び盤谷日本人商工会議所の許可を得て転載しております。