15 12月

行動計量学の社会への貢献について
−故水野欽司先生の防災教育研究から学ぶ−

行動計量学の社会への貢献について
− 故水野欽司先生の防災教育研究から学ぶ −
行動計量学 第29巻第1号(通巻56号)より
岩坪 秀一(大学入試センター研究開発部)

1.はじめに
 前半省略
 本稿では,行動計量学の研究理念を貫いてきた故水野欽司先生 (以下, 水野氏と略称させていただく) が,かつて取り組んだ自然災害研究のうち, 防災教育研究の一部を取り上げさせていただいた. 水野氏の防災教育研究の成果は,二つの具体的な形で社会に還元されたものと思われる.一つは,防災教育教材としてのビデオ「ボクは生きているよ!」の制作であり,もう一つは防災功績者大臣表彰の実現である.前者は,行動計量学会創立二十周年記念講演会(1992年9月20日) で紹介されたので記憶しておられる会員諸氏も多いであろう.後者については,その経緯などほとんど知られていないのが現状である.そこでとくに後者を取り上げて紹介し,ここから将来,行動計量学が社会に貢献していくための示唆を汲み取りたいと思う.

2.防災教育教材としての「稲むらの火」
 以下に示した文は, 水野氏による「防災教材としての映像メディアの有効性の考察」から抜粋したものである.
(これは,文部省科学研究費・自然災害特別研究研究成果報告書「学童防災教育のあり方とその教育効果判定法に関する研究」〔研究代表者 水野欽司〕,1987の「第9章9.2.1 訴求の内容」にあたるものである.なお, 下線は岩坪による.)

 『一般に, 映像教材と限らず, 子どもたちに対する防災教育の目標は,次のような内容範囲で概括されるであろう.
すなわち,
関心……災害への関心, 防災訓練への参加など
知識……災害発生因,被災の状況,危機回避の基礎知識など
知恵……状況判断力,可変的な応用力など
態度……沈着,勇気,自助努力,減災努力,援助行動など
価値……人命尊重,互助の精神
などである.しかしながら,現状は,多くの場合,“関心”,“知識”のレベルに留まる傾向が強い.すなわち,突発的な災害に直面したときの子どもの身の保全のみに関心を置く防災教育になっている.

 だが,現実の災害場面で必要なのは“知恵”である.日頃のハウ・ツー的“知識”も“知恵”がなければ活かせない.なぜなら,被災の状況の如何によっては,教えられた行動と逆の行動が必要になる.このとき,とっさの場面での適切な選択を行うのが“知恵”である.たとえば,平常ならば,物を壊したりすることは“悪”であるが,災害時には,窓やドアを蹴破って脱出することもある.そこでは平時の“悪”が“善”に変わる.子どもが習った個々の知識や練習が,災害時に,そのままの形で役立つものではなく,異なる行動が最も適切である場面はいくらでも発生する.平時と危機場面では,発想を変えなければならないのである.個々の知識を軽視するわけではなく,状況に応じさまざまな知識を自ら取捨選択して,危機場面を切り抜ける“知恵”の養成が重視されるべきであろう.このような“知恵”の養成は,練習を重ねる以外に途がない.現状では,あまり行われていないが,日頃,架空の災害場面を想定して,教師を含め,模擬練習を重ねておくことが望まれる.

 また,当然のことながら,その“知恵”の行使の最終的な基準は“人命尊重”でなければならない.低学年は別にしても,高学年ではこのような防災態度を喚起し,どのように“知恵”を養うか,が優先されるべきであろう.

 その基準の根幹としての“価値”,“態度”は,防災教育における最も重要な内容である.なぜなら,それらは,防災教育の最終的な目標であり,同時に“関心”を高め,“知識”を深め,“知恵”を養う強力な動機づけであるからである.これを欠けば,皮相的な“知識”や“関心”のレベルに留まり,大きな効果は期待できないと考えられる.

 高次の徳目の明示は,平時であれ非常時であれ,人が努力すべき最終的な目的を教えることであり,子どもの情感をゆさぶり,防災の意義を明確にして,訓練への動機づけを高めることに役立つ.迂遠なようで,実は近道であるといえるであろう.しかし,観念的な徳目だけを子どもたちに説いても,効果は小さいと考えられる.それゆえ,子どもの心に浸透するための,提示の工夫を欠かせない.』

 以上, 子どもに向けての防災教育においては,「知恵」が大事であること, そしてすべてが「人命尊重」から出発して組み立てられなければならないことが,ずばり主張されている.ここで強調したいことは,そのことは一見簡単に思いつかれるようでいて, 実は誰もが直ぐさま気がつくものではないということである. 子どもの心理と行動についての余程の深い経験に根ざしていなければ, なかなか出てくるものではない. 水野氏には, 深い人間理解と合わせて,氏自身小学五年生のときに国語教科書 (国定教科書小学読本) で習った「稲むらの火」の感動が原点にあった. 上掲文の最後尾「子どもの心に浸透するための,提示の工夫を欠かせない.」に続いて以下の文がある.

 『その実例として,過去に小学5年生の国語の国定教科書に登場した「稲むらの火」の物語がある.ひとりの年寄りが津波の到来を察知し,稲むらに火を放って村人を集め,多くの命を救ったという内容であるが,これを学習した昭和12年から敗戦までの間に小学5年生であった世代に,今もなお強い感動的印象を残すという驚くべき事実がある.この教材は,貴重な稲むらに火を放つことで人命が他の何物にも優ること,災害時にはとっさの機転・発想の転換が重要であること,などを教えているが,その優れた特徴は,多くの徳目・教訓を直接語らずに暗示させる表現と,子どもたちの情緒を強くゆさぶる情景描写にあるといえる.たそがれの暗い海,宵空にあかあかと燃える火,山寺の早鐘の音など,文字によりながら,映像以上に不安と興奮が交った緊張の光景を子どもの心に刻み込んでおり,今日に至るまで高い評価を得ているのである. 』

 「稲むらの火」は, 昭和12年に国定教科書に登場,国定教科書が廃止された昭和22年までの期間,いわば存続の火をともし続けてきた.巻十にある本文を見ると文字数はわずかなものである.1ページについて縦書き10行, 1行22字で, 8ページ分しかない.小学生に読みやすくスペースが十分取られており, しかも,稲むらに火を放つ場面と津波が襲う場面の2葉の絵も入っている.

 水野氏は,このわずかな字数の文章に防災教育のエッセンスがこめられていることを以下のように強調している.

① 異常事態では人生経験の豊富な年長者の判断が貴重であること.
五兵衛は, いままで体験したことのない揺れ方を異常と感じて津波の到来を予知する.これによって, 年寄りの長い人生で培った経験が, 優れたものであることを暗に示している.

② 人命は, 他の何物にもまさって尊いこと.
「もったいないが, これで大勢の命が救われるのだ」と, 五兵衛にいわせる.稲むらは貴重な財貨である.当時は, 米一粒も粗末にするな, という時代であった.それを灰にすることで, 人命がなによりもまさることを, あざやかな対比として強調する.

③ 災害時には, とっさの機転, 発想の転換が重要であること.
貴重な財貨に間髪を入れず火を放つなどは,通常なら重大犯罪である.五兵衛が,とっさにこの固定観念を突き破ってみせ,発想の転換の重要性を説いている.

④ 危機場面では, 体力にまさる若者は率先して事に当たるべきこと.
五兵衛が放った火をみて, 二十人ほどの青年が真っ先に駆けつけることで,危機に臨んで青年の取るべき役割を示唆している.

⑤ 冷静に状況を把握して, 所期の目的の徹底を図るべきこと.
混乱の中で, 五兵衛が丘に登ってくる人たちを数えて, もれがないかをチェックする.「計算」で沈着と合理性を教えている.

⑥ 互助の精神, 感謝の心が大切であること.
五兵衛の前にひざまずいた村人が頭を下げることで,感謝の心を強く印象づける.
当時のこととして,いささか儒教風の匂いが残るが, 多くの徳目・教訓を含み, しかも押しつけ的でなく暗示にとどめていることは, 見事であるといわねばならない. 』

3.防災功績者大臣表彰
 防災教材を検討している段階で水野氏は,独自の調査によって「稲むらの火」の作者である中井常蔵氏の所在を探り当てた.そして「稲むらの火」には,モデルとして浜口梧陵(儀兵衛)という実在の人物が存在したこと,また中井氏は, 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の作品「A Living God」を小学生向きに見事に書き改めたことを突き止めたのである. 水野氏の「防災教育の名作“稲むらの火”由来記」には, 「稲むらの火」が誕生するまでには,浜口梧陵,小泉八雲そして中井常蔵の三者の奇しくも深い縁があったことが感動的に記されている.

 『同封の原稿 (岩坪注: 防災教育の名作“稲むらの火”由来記) は,自然災害特別研究の関連で, 防災教育教材を検討しているとき,ふと思い立って“稲むらの火”の作者はだれだろう,と思い, 都立中央図書館に通って調べた結果です. ご覧ください.

 最後の最後まで, 中井常蔵氏の消息がわからなかったのですが,和歌山県教育庁の社会教育課に連絡したら,一週間ぐらいかけて,所在を探し, 私に教えてくれました.年度末の多忙の間を縫って, 和歌山へ行き, 浜口梧陵の広村 (広川町) をたずね,さらに足を伸ばして, 中井氏 (78歳) の想い出話を聞いて, まとめたものです. 』(1986年 5月27日付け水野氏の岩坪宛私信)
この由来記は,中井氏をはじめ浜口梧陵の子孫ら関係者の手に渡って強い感銘を与えることになる.

 『ところで,前便に付した“稲むらの火”由来記は, 意外と反響がありました.・・・岩坪さんに送った原稿を, 中井常蔵さんにも送っておいたところが,彼は喜んで・・・あちこちに送ったらしいのです.

 先日, 浜口梧陵の曾孫の訪問を受けましたが,“自分たちの祖先の話の知らない面を多く教えてもらえた”ということで, たいへん感謝されました.そして梧陵の孫である“浜口儀兵衛 (九代目) ”ヤマサ醤油の社長 (80歳を越えて, まだ元気とか) が会いたいといっているので,ぜひ会ってくれと頼まれました.

 妙なことに拡大してしまい,当惑気味ですが,この老社長に会ってみようと思っております.・・・そのほか, 五島隆春氏 (記事の中にも出ている人物) からは,分厚い書状が届くなど,このところ異変が続きます.

 そんなわけで,同封のような“稲むらの火”由来記の改稿を作りました.前の原稿は,記憶にもとづいてワープロで書いたため, 日付その他の細かい事実関係に誤りがありまし た.・・・今回は, それらの点を修正した原稿です. 前稿を廃棄して, 今回送ったものを,お手許に置いてくだされば,幸いです.』(1986年 6月12日付け水野氏の岩坪宛私信)

 「稲むらの火」は, 実はすでに昭和58年 (1983年) に話題になっていた.その年の5月に起きた日本海中部地震直後の津波で百人が命を落としたとき,上掲私信中の五島隆春氏が「稲むらの火」を学校でならっていたならばこのような悲劇は起こらなかった,と新聞に投書したのがきっかけであった.「稲むらの火」の作者が中井常蔵氏であることも和歌山県の新聞に報じられ,その後も嘉納毅人氏を中心に再教材化の運動等が行われていた.「稲むらの火」は,水野氏により再び大きく取り上げられることになるのである.そして,水野氏が中心となった活動が実って,1987年9月1日(防災の日)に国土庁から中井常蔵氏への防災功績者大臣表彰が実現したのである. 中井氏が,長年にわたって「稲むらの火」を日本中に広めて多くの人々に深い感銘を与え防災心の向上に貢献したこと,高齢になっても防災精神の普及につとめていることを挙げて,中井氏を防災功績者として推薦した文章は,水野氏が起案したものである.以下の私信からは当時の祝賀会のなごやかな雰囲気がしのばれる.

 『(前略)ところで,和歌山から上京した中井常蔵さんに付き添って,表彰式を見守り,夜は祝賀会の司会を務めるという大役で,(中略)
綿貫国土庁長官をはじめ、事務次官,防災局長,防災担当の審議官など,国土庁からのお客さんも出席.その他,小泉八雲のお孫さんや浜口儀兵衛(梧陵)の孫の孫たちなど,物語に縁のある人々も喜んで出席してくれ,よい会になりました.
国土庁の高官たちと話をしてみますと,皆,昭和ひとけた世代で,“私も小学校で習いよく覚えている”とのことで,好意的.こうしたことも今回の表彰に幸いしたのでしょうか.中でも,綿貫国務大臣(国土庁長官)は,祝賀会の席上の挨拶で,“私も小学校で習った.司会の水野さんの由来記を読んで,その背景がよくわかった”と述べてくれ,いささか面目をほどこしました.(後略)』(1987年9月5日付け水野氏の岩坪宛私信)

 「稲むらの火」を防災教育教材として社会に再度深く認識させたこの成果は,学問・研究の社会への貢献の一つの在り方として注目すべきことと思われる.

4.防災教育研究のその後
 その後わが国で起きた大きな自然災害を挙げると,1991年5月から始まった普賢岳の火砕流,1993年7月の北海道南西沖地震,そして2000年6月から始まった三宅島噴火がある.

 とくに1995年1月17日には,兵庫県南部地震 (阪神・淡路大震災) が起こり,死者・行方不明者は6,435 人にのぼった. (なお,この大震災が神戸市民にとっていかに予想も出来ない突発的なものであったかは,市民の市政への要望を分析した本学会和文誌「行動計量学」10巻2号の斉藤氏の論文からうかがうことが出来る.)地震をはじめとする自然災害は, 二十一世紀のみならずいつまでもわが国を襲い続けるであろう. いつでも閲覧可能な防災資料の展示, さらに防災教育・防災訓練を不断に行って防災心を養うことは, 日本人としての永遠の務めである.

 最近になって「稲むらの火」のホームページを開設された(2002年6月から公開).この中に,中井常蔵氏の大臣表彰記録があり,表彰後の祝賀会に水野氏が司会を勤めたこと,来賓者の挨拶及び中井常蔵氏の答辞など,写真も含めて祝賀会の熱気を感じさせる内容が納められている.また水野氏の推薦文, 力作「防災教育の名作“稲むらの火”由来記」等も読むことが出来る.浜口梧陵,小泉八雲そして中井常蔵を三本柱として構成されたこのホームページは,防災の心を伝える貴重な資料としていつまでも存在し続けるであろう.

「稲むらの火」のホームページアドレスは, http://www.inamuranohi.jp である.

5.おわりに
 前半省略

 水野氏による以下の文は,防災教育研究のみならず二十一世紀の行動計量学の研究全般に当てはまる励ましの言葉に他ならないと思われる.

 『「稲むらの火」を巡る, 数々の逸話は,今日の学校教育において, われわれにどういう教訓を与えてくれるだろうか.
優れた教材は, 優れた素材とそれにかかわる優れた人々の情熱と努力によって生まれること,そして優れた教材は, 子どもたちに驚くほど強い影響を及ぼすこと, を教えている.また, 感動的な人間愛の物語であれば, なおのこと, その将来に残す影響の深さははかり知れないことを示唆しているのである.だが, 教育にとって自明とされている, これらのことを, 実は, なかなか得難いものと, われわれは考えていなかっただろうか.ここで示された素晴らしい実例は, われわれに, 改めて教育の要諦に向けての真摯な努力の重要性を問いかけているのである.

 同じことは, 防災教育にも当てはまる. なぜなら, 防災教育とは基本的に「道徳」教育であるし,その中核は人命尊重にある.それを子どもたちの心に十分浸透させることだからである.

 今日, 防災教育は, どこの学校でも実施されている.しかし, わたしの印象では, 若い現場の教師や教育研究者は, とかく技術的なハウ・ツー訓練に関心が偏りがちに見える.また,避難時対策についても一応の要項を準備しているが, 何が発生するのか,予断がつかない災害場面で, それぞれ細かい対応策を綿密に練り上げているという様子もあまり感じられない. 一方, 子どもの側は, 学校における避難訓練に興味, 関心が低いという調査結果が出ている. 実際に起きるのかどうかもわからない出来事の訓練に消極的なのはわかる.だが, 一つの理由は防災の知識・技術の伝授に偏りがちな現状にある, と私は思う.防災の「精神」を正しく伝えてこそ,子どもは知識や技術を学ぶことの意義を知る. まずは,究極のねらいを強く印象づけることが先行しなければならないといえる. それには「稲むらの火」に見るような, 子どもたちの感動を揺さぶる努力を絶対に欠かせないといってよいのではなかろうか.

 もちろん, ここで「稲むらの火」を現在の子どもたちにも教えよ, というつもりはない.
昭和初期と現在では, 社会の状況も, 子どもの気質も大きく変わっている.現代は現代に合った, 子どもへの対応を考案しなければならないし,それが妥当かつ有効であることを,実験, 調査を通じて検証していかなければならないのである.だが,その限界を超えるような, 未知の場面では,どう行動すべきかの判断の基準は高次の徳目としての「人命尊重」を除いて, ほかにはない. そう考えると, おのずと方向が定まってくる.いつの時代も,感動的な人間愛の物語は, 国や宗教のちがいを超えて人々の胸を打つ. このような人間愛,人命尊重の精神を子どもたちに働きかける努力を優先すべきであり,それを欠いては, 防災訓練の意味はないといわなければならない.同じことは, 防災教育研究の進め方にも通じるといえる.
国語教材「稲むらの火」を生み出し, いまに伝える数多くの先人たちの貢献は, われわれに, 「教育の原点」に立ち戻っての努力の積み重ねの大切さを反省させてくれるのである.』

〔参考文献〕
斉藤勝彦 (1983).神戸市民の市政への要望に関する分析, 行動計量学 第10巻第2号,12- 27.
水野欽司(1986).防災教育の名作「稲むらの火」由来記, 自然災害特別研究 (1) 学童防 災教育のあり方とその教育効果判定法に関する研究.
水野欽司(1986).「稲むらの火」に学ぶ防災教育, 総合教育技術 12月号, 小学館.
水野欽司(1986).子どもたちと防災訓練, 防災教育研究資料 No.2.
水野欽司(1987).小学校における防災訓練の実態とその問題点, 文部省科学研究費自然災
害特別研究研究成果報告書「学童防災教育のあり方とその教育効果判定法に関する研究」(研究代表者 水野欽司),95-105.
水野欽司(1987).防災教材としての映像メディアの有効性の考察, 文部省科学研究費自然 災害特別研究研究成果報告書「学童防災教育のあり方とその教育効果判定法に関する研 究」 (研究代表者 水野欽司),127-141.
水野欽司(1987).伝えたい防災の心 1 自然災害と子どもたち,PHP 7月号 No.470,74-75.
水野欽司(1987).伝えたい防災の心 2 三陸地震津波の悲惨,PHP 8月号 No.471,74-75.
水野欽司(1987).伝えたい防災の心 3 関東大震災が残した傷跡,PHP 9月号 No.472,74-75.
水野欽司(1987).伝えたい防災の心 4 地震防災教材の誕生,PHP 10 月号 No.473,74-75.
水野欽司(1987).伝えたい防災の心 5 不朽の防災教材「稲むらの火」,PHP 11 月号No.474,74-75.
水野欽司(1987).伝えたい防災の心 “天罰”忘れない防災教育,PHP 12月号 No.475,74-75.

行動計量学 第29巻第1号(通巻56号)より著者岩坪秀一先生の許可を得て一部省略して掲載。