13 12月

地震津波防災教育の原点

「地震ジャーナル」5号 (1988年6月地震予知総合研究振興会発行) 書評欄より

地震津波防災教育の原点

  桜井信夫著  『もえよ 稲むらの火』
(PHP研究所,1987年,A5判,146頁,1100円)

(評者)津村建四朗

「これはただごとではない」とつぶやきながら,五兵衛は家からでてきた--という書き出しで始まる「稲むらの火」は,地震のあと津波襲来のおそれがあることに気づいた一人の老人が,高台にある自宅の周囲の稲むら(稲たばの山)に火を放ち,消火に駆けつけた村人たちの命を間一髪で津波から救うようすを,短い文章に活写した名作である.これは,昭和12年から約十年問,小学国語読本にのせられ,津波のおそろしさと機敏な避難の大切さを児童たちに強く印象づけ,防災教育上きわめて大きい効果を残したものである.
この物語は,安政元年(1854年)の南海地震津波にまつわる実話を素材にしたものであるが,事実とはかなり違い,事実のほうがさらに感動的である.
本書は,小学校中級生以上を対象に,フィクションとしての「稲むらの火」が教材として登場するまでの経緯と,実在した主人公--五兵衛ではなく浜口儀兵衛--梧陵と号した--の生い立ちと献身的な活躍の本当の姿を平易な文章でいきいきと描いている.
まず「稲むらの火」は,ラフカデイオ・ハーンの A Living Godを原典として,地元の小学校の中井常蔵先生が執筆されたものであるが,単なる翻訳ではないことがよくわかる. 実は,この実話の舞台となった和歌山県広村(現広川町)は,評者の郷里である.本書に書かれているように,安政地震直後,梧陵が百年後の津波に備えて多額の私財を投じて築いた防波堤に守られた村に育ち,昭和21年の南海地震津波では,その効果を実体験した評者は,この郷里の先覚者のことは,よく知っているつもりであったが,本書をよんで,勝海舟との交友など,主人公の人物の大きさについて新たに多くのことを 知り,一層尊敬の念をつよくした.
遠足にきていた小学校児童13名など100名の命を奪った昭和58年の日本海中部地震津波のあと,「稲むらの火」が今でも教えられていたら,この悲劇は防げたのではないかという意見が,マスコミにも取り上げられたことがあるが,児童みずから本書をよめば,「稲むらの火」を短時間の授業で教わる以上に多くのことを学ぶに違いない.本書がひろくよまれて,地震津波防災の知識が普及するとともに,その中から,長期的な視野にたって防災を志す次の世代が育つことを願うものである.
なお,108頁の堤防の長さ6523メートルは,652メートルの誤りである.津波の高さも,史実より高く記されているところがある(85責と93頁).ノンフィクションとしては事実に忠実なほうがよいであろう.

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桜井信夫著『もえよ 稲むらの火』は、1987年12月8,500部刊行され絶版となったが、全国の児童図書館、一般図書館、小学校の図書館に蔵書されていると思われる。