15 12月

「稲むらの火」に学べ

「稲むらの火」に学べ
「自然災害の危機管理」から抜粋「日常に根ざした危機管理教育」より
佐々 淳行

 防災意識の啓発のためによく小学校の教科書にとりあげられてきた話に、「稲むらの火」がある。子どものときの記憶の片隅に残っている方も多いであろうが、村長さんが自分の1年分の収穫を燃やしてまで村民を津波から守ったというストーリーで、危機管理のエッセンスが詰め込まれたすばらしい教材だ。

①自主防災の尊さ
 まず第一に、「自主防災意識の大切さ」である。
自分たちのまちは自分たちの手で守るんだというあたりまえの考えが、平易な言葉で書かれている。
 地縁の希薄になった現在、あらためて白主防災を考えてみるいいきっかけになるだろう。

②災害経験を次に活かせ
 そして第二に、「災害伝承の必要性」である。
 村長は、昔津波が村を襲った際に、いったん海の水が沖へ後退するという前兆があったことを思い出す。
 教訓となった災害は、この村長が子どものころの話かもしれないし、あるいは生まれる前のことかもしれない。ともかく、子孫代々にわたって災害経験と前兆現象が受け継がれていく土壌があったことが、大きく減災に寄与することになったのだ。

③誉れ高いノーブレス・オブリージ
 最後に、危機管理者のもつべき「ノーブレス・オブリージ」の発露である。
 ノーブレス・オブリージとは、字義どおり訳せば「貴族の義務」「高い身分にあるものの当然の義務」となる。昔、身分上の貴族は、戦場で勇敢に戦うことによって「貴族の義務」を果たそうとした。もちろんいまの日本では貴族も階級もないわけだが、非常時の指揮権を掌握している危機管理の責任者たる人物は、同じ気持ちに立ってリーダーシップを発揮しなければならない。

 つまり、まず我を捨てて、私利私欲を捨てること、そして常に「we=われわれ」という発想で考えること。ひとつのまちの町長であれば、町民あるいは被災者全員みんなで災 害に立ち向かうんだという「われわれ意識」を惹起し、みんなに喚起しなければならない。

そして最後に、行動力。
危機を予知・予測し、その防止・回避に努め、万一危機が発生した場合には敢然とこれと対決して被害を局限し、危機克服の暁にはその再発を防ぐことが真の危機管理者たるノーブレス・オブリージなのである。

 「稲むらの火」の村長は、「われわれ」の村を救うために、前兆のサインを見逃さず、私利である稲をみずから焼き、村民の「われわれ意識」に訴え、危機管理責任者として、村民の命を救ったのである。
 現代の危機管理者にこれだけの才知と勇気があるだろうか。「稲むらの火」は、いまでも教科書に載っているかどうかはわからないが、せめて社会科教育の副読本として語り継いでいってほしい。

 子どものころに見聞きしたことは、ふとしたときに思い出されるものだ。いざ災害というときに、そうした無意識の防災感覚がよみがえるものだ。