07 12月

中井先生 会葬の御礼状

中井先生 会葬の御礼状 中井先生のご遺族の承認を得て、転載しております。   平成62年1月27日の紀伊民報「報道手帳」の記事より 中井常蔵氏が24日の夕刻、日高郡南部町南道の自宅で息をひきとった。享年八十歳。田邊酒類の取縞役として存じよりの方もあろうが、県民の多くが、「おお、あのお方か」思い出す人でもなかったかも知れない。しかし、和歌山県人として忘れてならない人である。特に今年は全国的に思い起こしていただきたい人物である。 安政元年十一月四日というから約百四十年も昔になろうか。... 続きを読む

07 12月

神戸新聞 昭和62年8月25日      「ひと 東西南北」

中井常蔵先生、防災功労者として国土庁大臣表彰
共同通信社配信、神戸新聞 昭和62年8月25日付朝刊掲載

昭和12年から22年の十年間に渡り、国定国語教科書「小学国語読本」巻十で、1,000万人の生徒に感激を与えた「稲むらの火」(津波の話)の作者 中井常蔵先生が地震予知連の下鶴大輔先生と共に9月2日東京、国土庁にて綿貫大臣より防災功労者として表彰を受ける事が決まった記事。 Read More

07 12月

東京日日新聞 明治18年6月 世界一周の空しく米国に客死した。

世界一周の空しく米国に客死した。(明治18年6月3日 東京日日新聞)

世界一周の素志を果たすこと能わずして、去る四月二十一日を以て米国丑育府、に病死せし故濱口梧陵氏の遺骸は、兼ねても記せし如く去る二十八日に横浜に着きしたりば、親族故旧は付き添いて一昨一日横浜を発し神戸に送り、其故山なる紀州広村に送らんとせり、
和歌山より木國同友会の総代高橋鋭一郎氏がはるばる来り迎えられ同日共に同港を出発せり、故梧陵翁の略履歴は既に前号の紙面(四月二十三日)に記せしが、今又高橋氏の許より故翁の傳の稍や委しきものを送られたれば之れを左に掲ぐ。 Read More